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天皇と憲法

 現代日本における主要なリベラル知識人の一人とみなされている内田樹氏が、天皇主義者になったらしい(1。

内田氏に限らず、現天皇に安倍政権の「暴走」を止めるブレーキ装置としての役割を期待し、天皇主義者になるリベラル人士は増加している。今の天皇である明仁は、右派の政治家や知識人とは異なり、日本国憲法体制に従い、この体制の下で天皇制が続いていくことを願っているようにみえる。立憲主義を理解せず、数の力をたよりに、憲法を骨抜きにする法案を次々と強行採決する現政権、あるいは「緊急事態」なのだからと無批判に政権に追従する多数の国民に対して、より穏健な立場を取り、リベラルな立憲君主として振る舞っている(ように見える)天皇の「大御心」の権威を用いることによって、憲法秩序は守り得るのだろうか。

天皇が「憲法の番人」として要請される理由としては、日本国における「憲法の番人」の不在が挙げられるだろう。国家の権力行使を法で制限することによりその市民的自由への干渉を防がんとするのが立憲主義の理念である。その理念を公然と否定する首相が登場し、その権力が自らの短期的な利害にしか関心が無い有権者の支持によって補完されたとき、憲法を守るのは誰か。ふつう、日本国憲法体制における「憲法の番人」は最高裁判所だとされている。しかし、国事的な問題に対する日本の最高裁が持つ権限は、ドイツや韓国の憲法裁判所が持っているような強さとはほど遠い。加えて統治行為論により、日本の最高裁は憲法に関わる重要な政治的決断は控えてきたという経緯がある。従って日本における「憲法の番人」は事実上、行政権に属する内閣法制局による自己拘束だったことになるのだが、それも安倍政権の人事干渉によって崩壊してしまっている。

 

ドイツの法学者カール・シュミットは、ヴァイマール共和国憲法体制における「憲法の番人」に、憲法紛争を扱う国事裁判所ではなく、直接選挙によって選ばれるライヒ大統領を指名した。シュミットによれば、国事裁判所の職業裁判官は、民主的正統性を持たないただの公務員にすぎない。一方、ライヒ大統領は全てのドイツ国民の代表であり、したがって最も民主的かつ中立的な「高次の第三者」である。従って、ライヒ大統領は単なる党派の代表に過ぎない時の政権の恣意から憲法を護持する権限があり、場合によっては一時的に憲法秩序を停止することによって(48)、憲法を擁護することさえ許されるのである。かかる理論に基づき、シュミットは1932年のプロイセン・クーデターを正当化し、ライヒ側の弁護人を務めた。

アガンベンも指摘するように、シュミットは迂遠な議論によって権威と権限を区別し、民主的正統性という権威を根拠にライヒ大統領の法超越的な権力を認めている。後にナチス政権の桂冠法学者となるシュミットだが、この理論はヒトラーの独裁を擁護するためのものではなく、どちらかと言えばヒトラーを防ぐために主張されている。だが、ライヒ大統領に「国民の代表」たる権威を付与するため、彼は明らかにムッソリーニを念頭に置きながらAkklamation(喝采)による選出を支持しており、根底にはファシズムへの共感があることを無視するわけにはいかない。ヒトラーが政権を奪取したのち、シュミットは有名な「総統は法を擁護する」という講演を行う。ヒトラーはその権威により、「アドルフ・ヒトラーの法治国」を法超越的に指導し、統治するのである。

 ここで満足しておけば、シュミットはナチス政権においてより高い地位を占められたであろう。しかし彼は自身の理論をさらに進める。ヒトラーは「合法的」に政権を奪取した。しかし、指導者の権威を、気まぐれな国民の支持と形式的な合法性だけに求めるのはいまいち心もとない。政権を安定化させるために、指導者ヒトラーの正統性は、より強固な基盤において求められなければならない。

シュミットの「具体的秩序思考」は、ヒトラー政権への忖度として解読することも出来る。シュミットによれば、総統に権威を与えているのは、選挙ではなく、法規範でもなく、このドイツという土地でこれまで行われてきたドイツ民族の生き生きとした活動が形成する秩序であり、その活動を体現するのがナチス党という運動なのである。

 だが、この「具体的秩序思考」の提唱者は忖度に失敗した。かの指導部は、より広範囲の無制限さを望んでいた。ナチスドイツにとって、ヒトラーの指導者原理は何物にも縛られないものでなくてはならず、たとえそれを権威づけるためであれ、指導者を運動に従属させるかのような法学者シュミットの理論は受け入れられなかったのである。彼の理論は、政敵たちにとって格好の攻撃の的となり、シュミットは失脚してしまう。

 

 日本の政治に話を戻そう。世襲原理によって継承される天皇は、民主的正統性を持たない。しかし、民主主義制度を超越した存在だからこそ、選挙によって選ばれる国会議員たちなどよりも中立的であり、逆説的に「高次の第三者」として相応しいという論も成り立つ。従って、天皇に「政治の矩」の道しるべとしての役割を求めるのはけして筋が通らない話ではない。天皇は国民統合の象徴であるのと同時に、「正しき政治」の象徴でもある。天皇の「大御心」を忖度することによって、国民ひとりひとりの心の中に憲法に基づく政治を擁護しようという内的機制が生じる。その内的機制が、「憲法の番人」となるのである。こうして、立憲主義を無視する政治家が登場したとしても、彼は国民ひとりひとりが心の中にもつ憲法を擁護する砦によって阻まれる。これが、法哲学者尾高朝雄が「ノモス主権論」によって戦後日本の政治風土に仕掛けようとした(そして失敗した)権力の制御機構であった。

近年相次いでいるリベラル派の天皇への帰依が、このようなプロジェクトを射程に入れているのかどうかは定かではない。ただしいずれにせよ、憲法秩序を守るため「天皇の名において」権力を抑制しなければならないところまで、この国は追いつめられているということなのかもしれない。

 

 ところで、日本の憲法秩序を天皇という固有名によって象徴しようとするならば、その憲法秩序には一定の制約がかかってしまうことを私たちは認めなければならない。天皇とはけして一昔前に流行った「ゼロ記号」ではなく、歴史的・文化的に刻印づけられた固有名であり、それ自体の中に、極めて具体的な特殊的意味を内包している。内田樹氏によれば、天皇の祭祀は「日本国民の安寧」が本務だという(2。日本「国民」!では内田氏は、日本列島に住む日本国籍者以外の市民はどうなっても良いとお考えなわけだ。これはけして皮肉で言っているのではない。天皇は「日本国民の安寧」以上のことをけして祈れないのだ。たとえば天皇は、先の大戦におけるアジアの死者たちを追悼可能かどうかを考えてみよう。少なくとも今でもなお問われ続けている侵略戦争の責任を一切無視したまま祭祀を行うとすれば、それは欺瞞であろう。そして、日本国民の死者だけを追悼するならば、それは結局、加藤典洋が『敗戦後論』で示した、まずは日本の死者を弔うことで日本人という主体を立ち上げるべしというナイーブなナショナリズムの焼き直しになってしまう。

一方、天皇という固有名詞を用いる以上、日本国民の中にもヒエラルキーが存在することになる。天皇は大和民族の王であって、いくら外見を取り繕うと、征服された諸民族の王ではない。初代天皇の名が暗示しているように、天皇という固有名は諸民族の征服者を含意する。日本が単一民族国家であったことは一度もなく、常に既に多民族国家である。シュミットの時代のように、ある国家秩序の理念をある特定の民族や文化そのもとと結びつけてよしとするわけにはいかない。日本国民ならばいかなる民族だろうと安寧を祈ってくださる天皇を仰ぎ見るべしと言うのであれば、それはあの「八紘一宇」の論理とどこが違うというのだろう。

 

そもそも憲法秩序はなぜ守られなければいけないかといえば、それは「法/正義の名において」ということになろう。そしてそれは「天皇の名において」とイコールではない。前者では人々に対する統合力が弱い。しかし後者では内向きのナショナリズムを誘発するという副作用を持つ。今は緊急事態なのだから、天皇でも何でも利用できるものは利用した方が良いと考える人も多いだろう。だが、まさに緊急事態の論理こそ、かつてナチス政権を産み、現代日本では、違憲であることが明白な安保関連法案を通し、今まさに共謀罪を通さんとしている憲法秩序に破壊的な力だったのではなかったか。




(1)内田樹「私が天皇主義者になったわけ」http://blogos.com/article/221025/

(2)内田樹「僕が天皇に敬意を寄せるわけ」http://toyokeizai.net/articles/-/91326?page=3



*この記事は、『ノモス主権への法哲学 ―― 法の窮極に在るもの/法の窮極にあるものについての再論/数の政治と理の政治』に収録された「ノモスとアジール」の補遺として書かれた。なお、記事を投稿した段階でまだ本は発売されていないので、宣伝目的でもあると考えてもらっても差し支えない。



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by mf_katechon | 2017-05-07 11:43 | Comments(0)